ジジのトレンド〇と× GGたちはどう生きるか  老いを恥じずに空気を読め

[ ペケ ]

[ ペケ ]

見た目:染め髪(茶色など)、カラー派手めの高い服
有名ブランドのバッグ
趣味:サーフィン、バーベキュー
口癖:「俺たちの頃は〜」「最近の新入社員は〜」
愛用品:スマートウォッチ、ジョンマスターオーガニックの保湿もの

立てば芍薬座れば牡丹とまで言ってもらわなくともいいと思うが、褒めればセクハラけなせばパワハラ新聞開けば「さよなら」なんて文字が躍る最近のおじさん事情にはさすがに少し同情する。活躍の場を広げた女たちの逆襲だと言ってしまうことはたやすいが、だからと言って「そもそも臭いしダサいし」なんて言われてしまってはそんなのもはや言いがかりであって聞くに値しない。そもそも老害なんて言って目の上のたんこぶを排除することでスッキリしようなんていう考え自体大変安易で、老害と呼ばれるその先人たちの生きてきた軌跡なくては、若者など存在すらしないのだ。

 そんなバッシングに気を落とす必要はないが、バッシングがただのバッシングに終わらず、気がつけばおじさんの居場所を奪っていることもあるのが最近の風潮の怖いところだ。贈賄や裏口入学で社会的生命を奪われるのはただの因果応報だが、女性記者に不快なセクハラ発言をしたり、出会い系アプリで買春をしたりして社会的な立場を失うとしたら、それはあまりにスマートじゃないし、そもそも負ったリスクに対して得たリターンが少なすぎる。セクハラ発言をしたところで例えば件の次官は女体を抱けたわけでもないし、官庁での立場と引き換えにファム・ファタールを手にしたわけでもないし、別に何も得ていない。しかしあのような形で世に出てしまってはそれまで手に入れたものを失い、引き際を汚し、人生に大きなケチがついたまま、なかなか挽回は難しい。セクハラやパワハラ報道によって消えていった各地の首長たちもまた似たようなもので、本人の悪意と社会的な制裁のバランスと効率が大変悪い。

 何も品行方正に生きることがいいとは思わない。ただ、品行方正・清廉潔白でないのならば、「うまくやる」ことが必須条件となる。かの文春砲に端を発した不倫吊るし上げブームの最中でも、愛人との甘い時間を失わなかった男などたくさんいる。me too運動が海を越えて盛り上がる中、愛されるエッチなおじさんだってそこら中にいる。女性活躍社会において、家父長制の権化のような生活を全うしている人だっている。失脚せずに、できれば窮屈な思いをすることなく、のびのびと自分の幸福追求をしている人は、失脚したり失脚に怯えて暮らしたりしている人に比べてうまくやる能力が高いはずなのだ。
[ マル ]

[ マル ]

見た目:グレーヘア(白髪混じり)、シャツかスーツ、時計・靴は高級
趣味:旅行、庭で野菜作り
口癖:「老眼がひどくて〜」「体力落ちた〜」
愛用品:おしゃれ老眼鏡

 うまくやる能力とは何か。簡潔に言えば、時代の空気を読む、あるいは理解するということだ。体臭や体型の崩れなど恥じる必要は全くないが、老いにおいて退化しやすく、また退化を恥じるべき点があるとすればその能力である。誰だって、アンテナをビンビンに立てていた10代20代から歳を重ねれば、自ずと流行に弱くなり、テクノロジーの進化についていけず、秒速で変わっていく時代に対して自分の意識がくるくると俊敏には更新されなくなる。流行というのは2側面ある。何が好かれているか、つまりみんながどんな曲をカラオケで歌っていて、ファストファッションで売れている色が何色で、前髪はどれくらいの長さが今年っぽいのか、ということと、何が嫌われているかだ。

 最新の流行を常に追い続けるのも悪くないが、ある程度そんな時期を過ごすと流行に左右されない服の方が効率よく着られることがわかってしまうし、そもそも気力も経済力も相当量が必要となる。しかし、何が嫌われているか、という時代の雰囲気を取り込みそびれると、それこそ社会的生命を奪われかねないし、少なくとも嫌われる。

 勘違いが多いのは、スマホが使いこなせていないとか、ギャル文字が読めないとか、新しく渋谷にできたビルの名前がわからないとか、そういったことこそが時代についていっていない証、すなわちおじさんらしさだと思われていることだ。おじさんを煙たがっている若者側も、わかりやすく自分が優位に立てる、つまりバカにしやすい流行について取り上げがちでもある。しかし実際に本当の意味で煙たがられるのは、どんなものが今嫌われているのかを一切理解せずに自分の全盛期の記憶に頼ったままの振る舞いをするような態度なのだ。

 セクハラやパワハラの騒動にしてもme too運動にしても、生きづらい時代になってしまったと悲観するだけではなく、実際に何が嫌がられた上でのそういった事件であるのか、今誰に対して何をするとアウトの警笛がなるのかを観察した方がずっといい。何もme tooは全女性国民の総意ではない。愛し愛される不倫を否定できる者だって少ない。そしてそんな時代の空気を読む力は、残念ながら新聞や古典の名著にあたって解決できるものではなく、開いた精神状態でのコミュニケーションからしか生まれないのだ。「バブルの時代は」「俺たちの頃は」といった自分の生きてきた時代に閉じたような言葉が、嫌われるだけでなく時代の風を感じる機会を自ら逃しているのはそのせいだ。老いているから嫌われるわけではない。むしろ自分より人生経験や知識が豊富で、自分の知らない時代を知る者に対して、人間は基本的には時に脅威に感じるほど畏敬の念を持つものだったはずだ。下手に若者に対して迎合的な発言やファッションが特に若者の尊敬を集めないのはそのせいだ。ファッションや持ち物が最新の流行を追っている必要は必ずしもないし、流行り言葉や流行曲など口にしなくてもいい。むしろ重ねた年齢を自信と若者より秀でた経験や知識、そして経済力と捉え直して誇らしくあるべきだ。誇らしく老いた上で、時代の潮流の一番下の方だけをつぶさに読み取りさえすれば、この世界はそれほど生きづらく暗いものではない。
文/鈴木涼美

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