愛人に溺れてみるのも芸のうち

慶応大学卒、東大大学院卒、元セクシー女優、元日経新聞記者など、多彩な経歴を持つ文筆家、鈴木涼美氏がジジ世代に送る『愛人を持つことの嗜み』とは?

いっそ愛人に溺れたい…、そんな男性ならごく当たり前の感情。
ジジ世代だからこその、大人のマナーと相手を見極める余裕を持って、お互いの立場をしつかりと守りつつ、心地よく溺れてみたいものだ。

一人を選んだら一生他の相手を拒絶しなければいけないというほうが不自然だったのではないか」。
これは宗教人類学者の植島啓司の言葉だが、彼は66歳時に出版した『官能教育』の冒頭で、「好きな人がいなければこの人生は生きるに値しない」という命題を提示する。

 近代以降の多くの社会を安定させてきたモノガミー、及び結婚制度を軽んじる人間は少数だが、「好きな人がいなければこの人生は生きるに値しない」とするならば、それを結婚パートナーだけに求めるのも少々無理がある。
妻や家庭を大切にすることと、恋愛感情や冒険心に素直に従うことは、決して相反することではない。これはそれなりに浮気性で、しかし妻の死に際は仕事も社会生活も放り投げて看病した父を見て育った、私の正直な感想だ。

 ただし、やや道徳的にすぎる現在の日本の状況を考えると、不倫トラブルは最も足元をすくう材料にされやすい。正直、人にとやかく言われる筋合いがあるようなことではないのだが、少なくとも家族に事実が知られれば、自分が「別物」として大切にするはずだったものまで失いかねない。

まずは恋愛相手を見極めることが、最低限の大人のマナーだと言える。

 私の友人で、外資系の証券会社に勤めるYは、自他共に認めるオジサマ好きな女性である。現在35歳の彼女が年上の男性と出会うとしたら、当然、相手側が既婚者の場合が多く、現時点でも50代後半で経営者の既婚男性と既に2年近く恋人同士の付き合いを続けている。

 仕事も美容も手を抜かない彼女の生活はかなり忙しく、50代の経営者も基本的には多忙。二人が会うのはせいぜい週に1回。その多くが深夜、Yの六本木の自宅となることが多い。翌日の準備を考えるとYにとっても都合がよく、彼女の家でちょっとした食事をしたり、セックスをしたりする関係に落ち着いた。

 Yの言い分はこうだ。「経済的な余裕とか、年上だから振る舞いがスマートだとか、それももちろんあるけど、結婚して私を幸せにするっていうのができない負い目あるからか、そのぶん一緒にいるときは尽くしてくれて、望むこと全部してくれる」。

 彼女のような極めて現代的で理にかなったスタイルの恋愛を、私は便宜的にエリート型愛人と呼んでいる。女性が完全に自立しており、生活能力も収入も高い場合、結婚に求めることが少なく、結果として居心地よく接してくれる既婚男性との関係に落ち着きやすい。

 エリート型愛人にも当然類型があり、大きく三つに分けると、刺激を求めるタイプ、都合を優先するタイプ、感情が暴走するタイプ、となる。刺激を求めるタイプの女性は、不倫であること自体に陶酔している場合が多いため、何かと波風をたてて劇場型の恋愛を求めがち。感情が暴走するタイプは、不倫関係では飽き足らなくなって独占欲が過度に表出することがある。

 Yのように、自分自身の仕事の優先順位が高く、また私生活も多忙な女性は、一見御都合主義で
やや冷たい印象を持たれるが、実は既婚男性との恋愛が最も安定する。相手が既婚であることにそれなりにメリットを感じているために関係の破綻に繋がるような行動はあまり取らないし、お互いのストレスが少ないせいか、二人でいる時間も充実する。
 一方、エリート型と対比して貧困型愛人とも呼べる類型の女性たちも、既婚男性の性生活や恋愛を賑やかす存在だ。関係に求めるものが、金銭つまりお小遣いであったり、あるいは自分では手の届かない金額の食事やブランド品だったりするタイプの女性たちのことである。

 求めているのが刺激や過度な愛情ではないぶん、彼女たちもトラブルをわざわざ巻き起こすことは大変稀である。

 ただ、貧困型愛人にもホステスや風俗嬢のように仕事として既婚男性との性的な関係を捉えるようなタイプから、華やかなものに憧れがあって金銭的余裕のある男性との付き合いをラッキーと捉えるタイプ、という具合に濃淡がある。

 ホステスらと感情をのせて付き合うのはかなり難しい。金銭的なメリット以外に既婚男性に魅力を感じていないので、こちらもかなり冷静に割り切った態度で臨まないと自分も傷つくし、相手にも重たがられる。アイドル育成やマイ・フェア・レディのような気持ちで関わることは可能だが、溺れれば溺れるほど心がすり減る。

 Yとはまた別の友人で26歳のHは、ラッキータイプと呼べるかもしれない。彼女の場合、とにかく付き合う男性がころころ変わる。条件は、車を持っていて、時々ラグジュアリーホテルに連れて行ってくれる人。現金だが、彼女のような身軽さは若い女性の魅力でもあるし、彼女自身に被害者意識がないがために、関係をわざわざ破綻させるような無意味なことはしない。

 結局、自分だけが得するような関係を求めないことが重要なのだ。女性の側もメリットを感じている関係はお互いにストレスが少ないし、人を傷つけるような無残な終わり方をしない。

与えられるメリットを見極めて、老いらくの恋を楽しむのがいい。国民全員が許してくれるようなものではない関係を紡ぐには、それなりの芸が必要なのだから。


文/鈴木涼美

鈴木涼美(すずき・すずみ)1983 年東京都生まれ。慶応義塾大卒、東大大学院修了。専門は社会学。
セクシー女優、日経新聞記者などを経て2014年からフリーの文筆家に。
現在は雑誌やウェブの連載をはじめ、テレビコメンテーターとしても活動中。